タイ(Thailand)への一人旅に出発する前に、現地での言葉(Language)の使い方について率直に語っておかなければなりません。
バックパックを背負って見知らぬ土地へ旅立ちたいと願う多くの人にとって、「言葉が通じないこと」は出発前の一番の心理的ハードルでしょう1。
しかし、たとえ目的地の母国語が全く話せなくても、文化や社会によって旅人に対する接し方は大きく異なります。タイという国に特化してこの実践的な観察記を記すのは、旅立つ皆さんに確かな安心感を届けるためです。少なくとも、バンコクの列車で出会った「あの中国人旅行者の女の子」2のように途方に暮れた瞳をしてほしくないからです。
落とし穴その一:スマホ翻訳画面を相手の目の前に突きつけるのが失敗する理由
現代の旅人は出発前、「翻訳アプリがあるし、タイ文字の住所や画面を地元民に見せれば万事解決」と思いがちです。
しかし、これは現場における大きな思い違いです。
トゥクトゥクの運転手、屋台の店主、古い駅の駅員など、タイの庶民層と接してみると、驚くほど高い割合で老眼や近視を抱えています。さらに重要なのは、彼らが眼鏡をかけている割合が日本や台湾に比べて著しく低いという事実です。
小さな画面に密集したタイ語の文字列を熱心に差し出しても、相手は「意味が分からない」のではなく、物理的に文字が見えていないのです。スマホを目から遠ざけて目を細めたり、困ったように首を振って微笑むだけで、結局二人してお手上げ状態になってしまいます。
画面の文字を見せるより、印刷した地図の大きなランドマークを指差し、身振り手振りを交える方が十倍効果的です。
唯一通用するサバイバル言語:お互いに「下手くそな英語」
面白いことに、今回のタイ一人旅で実際に使った唯一の共通言語は「英語」でした。
こう聞くと、「英語なんて全く話せないのに無理だ」と怯むかもしれません。
安心してください。現地の一般的なタイ人の英語も、あなたと同じくらい拙いのですから。
お互いに語彙が乏しく文法も滅茶苦茶であるとき、コミュニケーションは奇跡的にシンプルになります。TOEFLの試験を受けているわけでもなく、正しい文法など誰も気にしていません。二人の共通認識はただ一つ、「協力して目の前の現実的な問題を解決すること」です。
その瞬間、相手にとってあなたは文豪ではなく、「迷子という厄介事の具現化」です。相手にとって最も手っ取り早いのは、正しい方角を教えて素早く立ち去ってもらうことです。仏教精神が根付いた温和なタイでは、悪意がない限り、喜んで助け舟を出してくれます。
観光大国の包容力と国民性
実際のところ、タイ全体の英語力が極端に低いわけではありません。
欧米人にとっての休暇の天国、絶品グルメの街、歴史ある仏教寺院、そしてナイトライフの聖地であるタイでは、バンコクやチェンマイなどの観光地において、露天商でも簡単な数字や単語で難なくやり取りできます。
さらにタイ人は「不器用な迷子観光客」に対して驚くほど寛容です。素朴な田舎町へ足を延ばしても、迎えてくれるのは好奇心に満ちた人懐っこい笑顔ばかりで、敵意を感じることはまずありません。(昔ニュージーランドの町を歩いていたとき、太った女性サイクリストに追い抜きざまに中指を立てられた経験と比べれば、タイ人の優しさは冬の陽だまりのようです)。
タイは広大:都市のスケール感を把握せよ
心構えと同時に、客観的な空間認識を持っておく必要があります。タイは想像以上に巨大です。
- 総面積:513,120 km²で、台湾の約 14倍(日本の約1.36倍)。
- 首都面積:バンコクは 1,569 km²で、台北市の 5.8倍、東京23区の約2.5倍。
- 総人口:約6,700万人。
- 一人当たりの都市空間感:一人当たりが占有できる都市面積で換算すると3、バンコク市民は平均約0.246㎡、過密な台北市民はわずか0.103㎡です。
この数字が物語るのは、バンコクをはじめとする都市の構造が極めて複雑で迷路のようであるということです。口頭の道案内だけに頼ろうとせず、事前に地図へ目印を付けておくことが賢明です。
辞書に頼りすぎた旅人の笑い話
辞書に頼る旅人の話といえば、旅仲間の間で語り継がれる古典的なジョークがあります。
イタリア語が全く話せない旅行者が、一人でイタリア郊外を旅していました。人里離れた修道院へ向かうためタクシーに乗った彼ですが、途中で大渋滞に巻き込まれます。
荒涼とした景色が広がる中、乗客は突然耐え難い腹痛に襲われました。運転手は英語が一言も話せません。焦った乗客はポケットイタリア語辞書を取り出し、「トイレ」や「漏れそう」という単語を必死で探します。
冷や汗を流しながらページをめくり、ようやく「排泄・緊急」らしき単語を見つけ出しました。
彼はその単語を指で強く押し、運転手の鼻先に辞書を突きつけて苦悶の表情で叫びました!
運転手が目を凝らしてその行を見ると、そこにはこう書かれていました――「ハイジャック:全員動くな、さもなくば道連れだ」。
恐怖で青ざめた運転手は急ブレーキを踏んで脱兎のごとく逃げ去り、激痛に耐える乗客だけがエンジンを切られた車内に取り残されたのでした。
結び:気負いを捨てて、一歩を踏み出そう
言語は単なる道具に過ぎず、視線と誠意こそが対話の本質です。
タイに着いたら文法の教科書はスーツケースにしまい、人懐っこい笑顔と落ち着いたトーンで接してみてください。単語の羅列と電卓の数字、身振り手振りさえあれば、シャムの大地を自在に歩き回ることができます。
言葉を言い訳にして世界の探索を諦めないでください。あなたの旅立ちを阻んでいるのは数行の単語ではなく、最初の一歩を踏み出せない躊躇いだけなのですから。
関連記事:
Footnotes
-
バックパッカーは異国の言葉の壁をどう克服すべきか? —— 見知らぬ異国の言葉と対峙する心構え。 ↩
-
アユタヤへ:バンコクの列車で中国語を話す少女に出会った話 —— 言語の壁とフライトの焦りでパニックになった鉄道の記憶。 ↩
-
一般には人口密度で表されますが、一人当たりの専有面積で換算した方が、都市の圧迫感を直感的に把握できます。 ↩
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